プリンストンの空の下で

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プリンストンタイガー

ds3_29.jpg (39925 バイト)プリンストン大学のマスコット、プリンストンタイガー。 

大学やダウンタウンには、よく注意してみているといたるところにタイガー や動物の彫刻、胴像などがあります。 この写真のタイガーはナッソーホールの正面にあります。

1867年、プリンストン対イェール大学の野球の試合で、プリンストン野球部員が、初めてオレンジに黒字のリボンをつけたといわれています。 そして、1868年10月12日、プリンストン大学(当時はCollege of New Jersey)は、オレンジ地にPRINCETONという黒字のリボンを正式に学生が使用することを認めました。 1876年、イェールとのフットボールの試合では、黒地にオレンジのPの字がついたジャージを着て試合をし、そして4年後の1880年、黒字にオレンジのストライプのジャージが登場し、チームにタイガースというニックネームが付き、ここからプリンストンのタイガー熱が始まりました。 プリンストン50周年記念である1896年、大学名をプリンストン大学と変え、さらに、大学の制服ガウンに黒とオレンジカラーを正式に受け入れました。

(このタイガーは1910年A.Phimister Proctorにより作成されました)

このナッソーホールの階段に設置されているタイガーは、1879年卒業生達が寄付したブロンズのライオンが起源です。ライオンを寄付したにもかかわらず、その後、大学は、80年代、90年代とタイガーをマスコットとするようになり、1911年に同1879年卒業生達の寄付によりタイガーに入れかえられ、プリンストンでのタイガーの地位は確実なものとなり、今日もナッソーホールはタイガーに守られています。


パーマースクエアーの入り口に鎮座するタイガー。パーマースクエアーの創設者エドガー・パーマーのプリンストン大学同窓と友人によって1944年に寄付されました。Charles R.Knightsによって作成されました。

Whig and Clio Hallsの間にあるタイガー。 
Whig and Clio Hallsは、A.Page Brownによりデザインされました。 このビルの名前は、初めにこのビルを使っていたAmerican Whig Society と the Cliopophic Societyの名前に由来しています。このWhig Society の設立メンバーの一人は、米国大統領になったJames Madisonでした。(1771年プリストン大学卒業)

1965年にHugh Trumbull Adamsの寄付により Bruce Mooreは両建物の間(現在はAdams Mallと呼ばれている)にタイガーをデザインする指名を受けました。(Mooreはプリンストン市内の道の名前になっている)  これらタイガーは1968年にイタリアで作成されました。 2匹のタイガーはオスとメスです。 実物のタイガーよりも30%ほど大きく作成され、オスはメスよりも少し大きく出来ています。 実際に設置されたのは、1969年9月末ごろです。



1902年に設置されました。
ブレアホールとリトルの間に西を向いて二本足でたっているタイガー。大学構内で一番初めに登場した2本足で立つタイガーです。

左側がブレアホール、右側はリトル。



 

 

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